■ 長江 国政インタビュー その12006.12.29

一番大事なのは一生懸命やるという事です。

治政館、館長 長江国政。猪狩元秀と同じく日本拳法からキックに転向し、藤原敏夫、 島三雄らと名勝負を演じ、かつてのキックボクシング黄金期を支えた人物である。現在は武田幸三選手など強豪選手を育てる名伯楽として活躍する長江氏にキックに対する思いを語ってもらった。


長江国政(ながえ くにまさ)
1948年、愛知県出身。
1970年にデビューし、日本拳法の経験を活かした前蹴り、ストレートなどで活躍し全日本フェザー級王者、WKA世界ライト級王者に。
1983年に引退。戦績112戦85勝(63KO)19敗8分。
1984年に治政館を設立。
2001年には愛弟子の武田幸三選手がタイ、ラジャダムナン・ウェルター級王座に輝いた。


日本拳法からキックへ


―会長は、もともと愛知県で日本拳法をされていたそうですが、何がきっかけでキックの世界に入る事になったのですか?

「最初、仲間がキックをやっていたんです。でも私はキックが好きではなくて、『そんなのやめろよ』と言っていたんですよ。そんな時、たまたま大阪で日本拳法の全日本大会があって試合に出たんですが、判定に納得できなくて…。名古屋に帰って来てキックのジムの前を通った時に見に入ったら、『明日から来なさい』と言われて、そのまま通うようになりました。別にキックがやりたくてというのはなかったですね」


―格闘技が好きだったんですか?

「いや、最初は卓球をやっていたんですけど高校で辞めてしまって、『何かやりたいな』思っていたんです。それであの頃、少林寺拳法が流行っていたのでやろうと思っていたら、間違えて日本拳法に(笑)。あの頃は極真も何も知らないですからね。たまたま入ったら日本拳法だったんですよ(笑)。始めてみたら面白くて、あの頃は一日2回は練習していました」


―キックを始めてどうでしたか?

「最初はなんとも思わなかったんですが、試合に出たら、『これはなかなかのモノだな』と思うようになりました。日本拳法で毎日防具を着けて突き蹴りの練習をしていましたから、ある程度は大丈夫なんですが、問題はスタミナ面なんですよね。拳法の試合は本戦で終わりなんですが、キックはラウンド制ですから、最初はスタミナの配分が分からずに苦労しました」


―会長の頃は毎月のように試合があったと思いますが。

「そうです。練習というより試合でキックを覚えていくという時代でした。試合数が多いと勝っても負けても次があるという意識がありますから、技を思いっきり試せるという良い面もありましたね」


キックの黄金期に活躍


―会長の現役時代は、島三雄、藤原敏男、猪狩元秀氏ら凄い選手が活躍していましたね。
そのなかでも、猪狩さんは会長と同じ日本拳法出身ですね。日本拳法出身には渡辺二郎さん(元WBC・WBA 世界J・バンタム級王者)もいらっしゃいますけど、日本拳法の優れている点はどんな所でしょう。パワーでしょうか?

「猪狩君は僕の後輩で、同じジムで練習も一緒にやっていたんですが、パワーではないですね。日本拳法をやっていると『当て勘』が養われるんですよ。タイミングよく相手を打つ感覚です。防具を着けて練習すると安全性があって、『遊び』があるから何度も技を試せて、自然と当てるタイミングを覚えてしまうんです。人と違うタイミングで当てる感覚が身につくんですよ」


―藤原、島の両選手はどんなところが優れていましたか?

「スタミナですね、凄いですよ(笑)。普通の選手は3ラウンド以降はスタミナが落ちていくものだけど、彼らは上がっていきますから(笑)。調子が良くなっていくんですよ。前半はスローペースで普通なんですが、3、4、5ラウンドと回を重ねる毎に調子が上がるから、これは普通の練習では敵わないなと思いましたね」


―黒崎会長の指導が独特だったんでしょうか?

「そうですね。藤原選手の練習を見た事がありますが、こんな練習で勝てるのかなという内容でしたね。合宿の時に少し見ただけですが、一つ一つの技は綺麗じゃないですし、手足を動かしているだけという印象です。でも試合になると凄いですよ。目白ジムとやるのはみんな嫌がりましたからね(笑)。それまで私はあまり練習していなかったんですが、島選手と試合をして負けて(通算成績1勝1敗1分)、『このままじゃダメだ』と思って練習するようになったんです。それを彼が分からせてくれたんです。藤原選手とも試合をしました。最初はやる予定ではなかったんですが、『一度はやっておかないとマズイよ』という事で(笑)。でも、その時はお互いに全盛期ではなかったですからね」


―会長は全日本キックで王座に就いた後、WKAでも世界王者になられていますが。

「テレビがキックのスポンサーから下りた時期ですね。アメリカのスポーツを取り入れていこう。というのがあって、11ラウンドでやったり、ブーツやロングパンツを履いたりしました。最後にベニー・ユキーデとタイトルマッチで対戦したんですが、彼は減量せずにウェイトオーバーでウェルター級なんですよ(笑)。私はフェザー級ですからね。試合にはテレビの生中継がついていて中止には出来ませんから仕方なくやりましたけど、腕のいい選手だけに彼とはウェイトを合わせて試合をしたかったですね。まあ、そういう事もあって自分のなかで現役を続ける気がなくなっていったんです」


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